合理的なおせち

私の実家の「おせち」は寄せ集めで作られた「これでなんとなく揃っているでしょ」なものだった。年に一度しか登場しない重箱の一段目には金平が詰め込まれており、二段目には黒豆と栗を一緒に煮たものが詰め込まれていた。重箱にたった二種類である。重箱いっぱいにするのにごぼうを切るのは大変だっただろうし、黒豆も釘を入れて皺のできないように気をつけながらコトコトと長時間煮る(灯油ストーブの上が黒豆の定位置でそれを倹約家の祖母が部屋を移動するたびに鍋ごと運ぶので家中甘い豆の匂いが染み付いていた)ので手間がかかったものだとは思う。でも子ども心にマンガで見たようなえびや伊達巻やぎっしりと色んなものが詰まったおせちでないことに不満をもっていた。この重箱と大根と人参と厚揚げの生酢、かぶら酢とこどもにはうれしくない酢の物が2種類。これらを作っていると母が時々手伝いをしに行っていた花屋のおじいさん(大きな声で喋るので苦手だった)が「今年もこれもらってよ」と言って栗きんとんを持ってくる。毎年同じお客さんからもらうのだが自炊をしないので処分に困るという話を必ずして、ついでにお正月用の南天や金柳と銀柳、椿なども置いていってくれた。
1日の朝になると母の妹一家が揃ってやってくるのが恒例だったのだが、「いつも作ってもらって悪いから」とホテルで頼んだという風呂敷に包まれた立派な重箱を持参するようになった。だが、それも二回で終わった。確か「洋風のおせち」「中華のおせち」だったと思う。憧れの色んな物が細々と美しく詰められたおせちだったのだが総勢9名でつつくとなると一々「この海老はもらうね」「これは何かな? お母さん食べてもいい?」などと気を使わなければならない上に全てがこってりとしていて同じような味なので二、三個つつくともういいやとなってしまうのだ。今思えば重箱いっぱいの黒豆と金平は大勢で食べるのに非常に合理的だったのだと思う。ついでに言うと、北陸の冬は寒いが灯油ストーブを焚きっぱなしのため部屋のなかはとても暑い。炬燵に入っていられないほどだった。だから出しっ放しにしていても傷みにくい酢の物を二種類作っていたのだろう。元旦の朝から昼過ぎまでおせちは食卓に置きっ放しだったのだから。私の場合は、イタリアンが好きなので、アルポルトおせちをトライしてみていです。アルポルトは都内で有名なイタリアンレストランですよ。

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